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2010.12.27

2008.6.11 "sc journal" 掲載blog 13

マルコ ポーロ
2008年6月10日、久しぶりに恵比寿にあるStudio Clipのデザインスタジオ・MD本部を訪れる。
Studio Clipの雑貨や生活着が生み出される「ものづくり」の拠点で、互いの近況報告を中心に、個々の主観でとらえた世間話でとても楽しい時間を過ごした。そして途中、企画のチーフが最近訪れたばかりのパリの写真を囲んで話しをしている時に出していただいたのが、マリアージュフレールの「マルコポーロ」というお茶。
初めて口にしたこのお茶....一瞬フレーバーティー?と思わせるほどのフルーティーで軽やかな味。と思って箱を見たらきちんとFruity afternoon blendと書いてあった。
マルコポーロと言えば「東方見聞録」や日本を「黄金の国ジパング」と紹介したイタリアの商人であり旅行家(髭面のイタリア人のイメージ)として知られているが、ヴィジュアルとして浮かぶイメージに反して名前の音はちょっと「可愛らしい」感じがする。 “ M A R C O P O L O / マ ル コ ポ ー ロ ” 、 この軽やかな「音」のイメージがお茶を口にした時の「味」の印象とぴったりと一致したのである。
例えると、かごいっぱいの茶葉を抱え、黒いマントを来た髭面のイタリア人マルコが、東国と西国を「ひらりひらりと軽やかに」行き来しているようなイメージ(?)。 皆さんも機会があったら是非お試しあれ。(うの)

080611

2008.6.4 "sc journal" 掲載blog 12

視線の先にあったもの...
関東地方に梅雨入り宣言がされる前の日曜日、近くにある「群馬の森」までプチ・ピクニックに出掛けた。
レジャーシートと娘用にと前の日に炊いておいたカボチャ、ペットボトルに入れたお茶、そしてメインのランチは途中でパンを買って...。そうそう、車のトランクには三輪車。
鬱蒼とした森と広々とした芝生の広場で構成され、建築家 磯崎 新氏の代表的な作品のひとつと位置づけられる県立近代美術館のある県立公園「群馬の森」は、休日になるとたくさんの家族連れで賑わう、いわゆる「近くて気持ちいい」県民にとっての憩いの場所(もちろん県民に限らず)。春から夏にかけての緑はそれは美しく、実は、Studio Clipのアイテムを持ち込んで写真を撮らせてもらった事も数回...。
芝生の上に木陰を見つけ、シートを広げて、至極シンプルなパンをほおばる娘ごしに思い思いの時間を過ごす人達をボーッと観察するのはとても楽しい。休日のデイアウトやちょっと散歩に来た女性達や子供連れが持っているバッグや小物。強い陽射しを遮るためのハットや日傘など紫外線を避けるためのあらゆる方法、そしてあまりにも快適さを優先させすぎるがために何となくみんな似ている、ちょっと味気ないカジュアルな装い。そんな中で視線を引きつけられる「さりげなく気を使ったナチュラルな装い」の若々しいおかあさん。いろんな意味で微笑ましい情景をぶち破るように突然現れる、自転車進入禁止エリアに迷い込んでしまった、まさに「ツール・ド・フランスないでたち」のおじいちゃん達(ある意味最もトレンディー)。
そこには、それぞれの時間の過ごしかた、周辺環境への適応のしかた、家族やグループのかたちが存在する。意識してアンテナを張り、目を皿のようにして観察するより、ボーッと見ているほうがいろんな絵が目に入って来る。
簡単なランチを澄ませ芝生の木陰から鬱蒼とした森を通って帰路に付く。三輪車を押されるがままにまかせる娘が、ほんの数秒の間ハンドルから手を離し、上を向き目を細めていたその視線の先にあったのは、重なり合う木々の枝葉の間から見える陽の光。
まだ生まれて17ヵ月しか経っていない彼女の中にどんな感情が生まれたのか。まるで大人がするような、「あー、気持ちいいー。」というように目を細め、口角をわずかに上げ、微笑むような一瞬の表情。そして、彼女が見たであろうその風景をデジカメのファインダーごしに覗いた自分の中に悠然と広がった温かな感情。観察する事で具体的にヴィジュアル化出来るイメージとは違った、情操を揺さぶられるような、言葉で表現しようのないインスピレーション。
美術館で、街中でそして森で...、ここ最近インスパイアされてばかりの自分。表現に活かせるかは別として、肥やしにはなっていると信じるたい。(うの)

080603

2008.5.28 "sc journal" 掲載blog 11

街中のモダンアート
左から乳白(にゅうはく)、山吹茶(やまぶきちゃ)、深川鼠(ふかがわねず)、紺色(こんいろ)、墨色(すみいろ)、臙脂色(えんじいろ)、海松藍(みるあい)。 すべて大日本インキ化学(DIC)の『日本の伝統色』の中に見つける事の出来る色。 ’Couleurs en Japonais’(日本の色彩)と題したちょっとしたヴィジュアルイメージづくり遊び。ヨーロッパの若手デザイナーが日本文化に強くインスパイアされて作ったブランドイメージ、下げ札とかにどうでしょう...。
実は、先日日本橋から銀座に向かって歩いている時に見つけた、大通りの反対側に止まっていた一台のトラックと荷台に積まれたドラム缶。目立つような社名も入っていないきれいなブルーのトラック、背景にあるコリント式の柱と街灯...。それにしても積まれたドラム缶は全て見事なまでに「日本の伝統色」で、これまたきれいに塗装されている。見ようによってはモダンアートの作品(インスタレーション)にも見えてしまうような『偶然の風景』。
そして、単にこのドラム缶の色をピックアップして並べ、遊びで作った「ヴィジュアルイメージ/Couleurs en Japonais」。
外を歩いているとたまに出会えるインスパイアされる風景。こんな風に街中にあったり、自然の中にあったり...いずれにしても、もっと外に出ようと思った。(うの)

080528

2008.5.21 "sc journal" 掲載blog 10

William Morris展
長野県軽井沢にあるメルシャン軽井沢美術館で開催されている『ウィリアム・モリス展』に行って来た。
行きたいと切望していた企画展。思い立った日は、遠くの山の緑もはっきりと見て取れるような空気の澄んだ快晴。肌にあたる風も爽やかな、これ以上ないような日。
“19世紀英国で最も傑出した芸術家・思想家の一人であったウィリアム・モリス。モリスのデザインした壁紙やテキスタイルのパターンは多くの人に愛され、100年以上経った今でも日常生活の中に生き続けています。”(図録より) ウィリアム・モリスの名前にピンと来なくても、彼のデザインした壁紙や内装用ファブリックのパターンを見ると「見た事ある」と思う人が多いのではないだろうか。1834年にイギリスで生まれ、おそらく、芸術(装飾美)を日常生活の中に持ち込んだ初めての人物。
芸術家でありながらあえて「モリス商会」という、今でいうデザイン事務所を立ち上げ、作品を商品として流通させる。日本と比べると「芸術」と「商業デザイン」の線引きが明確なイギリスにおいては、かなり画期的な動きだったのではないだろうか。そして、ちょうどその頃に完成期をむかえた「産業革命」。私は、モリスが芸術家としてその時流に乗ったことがすごいと思ってしまう。だからこそモリスの芸術は100年以上経った今でも人々の目に触れ、暮らしの中で「感動」を与え続けられるのだと...。
展覧会を見に行くと決め、高速道路を走りながら窓の外に広がる風景に感動し、久しぶりに訪れた美術館のたたずまいと建物を包み込むさまざまな緑とのコンポジションにまたまた感動し、会場へのアプローチにふとイギリスの森を感じ(写真)、帰りに信州の蕎麦をたらふく食す。 五感全てを通して「インプット」した感を満喫した一日。
すばらしい時間に感謝。(うの)

080521a

2008.5.13 "sc journal" 掲載blog 09

暮らしの痕跡
先日の5月5日子供の日、1歳3ヵ月になる娘を柱の前に立たせ、三角定規を頭にあてて、リビングルームの柱に傷を付けた。
76.5センチメートル。ついでに、その下に生まれた時の身長である50センチのところにも傷を付けて...。
夫婦で眺めた二つの「傷」は、娘の成長にたいする喜びと驚き、そして生まれた時の感動を思い出させてくれた。この「柱の傷」は、今後日々の暮らしの中で起き、その都度記憶の中にストアされていく様々な出来事や思い出を、見たい時に引き出してくれる「鍵」のような存在になるのだろうか。
大切な椅子の背もたれに付けてしまった傷、無垢材のダイニングテーブルについた染み、物を落としてヒビが入ってしまったキッチンのタイル...。その時は「しまった」とやりきれない、ざわついた気持ちになったものが、少し時間が経つと気にならなくなり、やがて「あの時は...」と思い出を引き出す「鍵」になっていくのだと思う。
片割れが壊れて一つだけになってしまったペアのカップ、あまりの着心地の良さにそこらじゅうがほつれるまで着てしまっているTシャツ、ひどくすり減った、でも足に馴染んだバブーシュ...。新しいものに買い替えるのは簡単だけれど、それぞれの傷みが自分の「暮らしの痕跡」。モノを捨てられない...というのとは少し違った感覚で、愛着を感じるモノ達。多分その感覚は、毎日使う事で自然と築かれていく「良いモノ」と自分の親密な関係性。

「10年後はこの辺りに傷が付くのかな...」 刃物を使って自ら付けた「柱の傷」は、過ごして来た時間への想いだけでなく、これから訪れるであろう時間に思いを馳せるという「楽しさ」ももたらしてくれる。
思い切って付けて良かった...。「柱の傷」。(うの)

080512

2008.4.30 "sc journal" 掲載blog 08

容器 with style

シンプルさゆえに他の日用雑貨を圧倒する存在感
必要とされる機能を備え、ムダを徹底的にそぎ落としたフォルム
伝統が醸し出す「たたずまい」の美しさ
ブランドに感じる強い信頼感

“主にキッチンで食品を入れておく、または保存する容器”という単純な用途なのに、これほど愛着を覚え、見るたびに「あー、きれいだなー」と思わせる雑貨はあまり多くありません。
Weckは、おもむろに取り上げた時に、乗っているだけのガラスの蓋が「カタカタ」と音をたてる感じがとても好きです。キチっとしている印象とはうらはらの、いい感じの「ゆるさ」。別売りのゴムパッキンや金具を使えば煮沸保存ができるほどの堅牢で優れた機能も、ジャムやコンポート、トマトソースなどを入れられるや、色、素材感をガラス越しに見せ、「あくまでも主役は中身ですから」と言わんばかりの謙虚なイメージに...。
一方、野田琺瑯に感じるのは、「やさしく、大切に封じ込められている」感覚。金属とガラス質の釉薬の層で、その風味や香りを大切に守られる食品たち。例えば、コーヒーの粉を入れておくと、プラスチックの蓋を端からはがすように開けた時、いままで封じ込められていた香りが溢れ出してきて、思わず鼻を近づけて香りを楽しんでしまう。そんなイメージ。

厚手のガラスと琺瑯(ほうろう)、ドイツ代表と日本代表。どちらも自分の存在意義をもっともシンプルな形で表現しているというところに「優れたデザイン性」を感じます。何よりも目を引き、注意を引くシンプルな存在感...。そんなWeck & 野田琺瑯すごくいい。重ねて置いたところも美しい。(うの)

080430

2008.4.23 "sc journal" 掲載blog 07

「こごみ」に想う...
先日、実家の母が袋いっぱいの春の山菜「こごみ」を持ってやってきました。
“しっかりとした歯ごたえがあり、シダ類の野性味を感じさせる山菜で、クセが無いのでアク抜きせずに使えます。名前の由来は、丸くかがみ込むように生え、こごんでいる様から「こごみ」”なんだそうです。とにかく調理が簡単で、とても美味しい山菜。口の中に春の香りが広がります。
たしか去年もお裾分けにあずかったこの「こごみ」は、新潟に住む母の友人のお父様が摘まれたものを分けていただいているそうです。
いただいたたくさんの「こごみ」を見て「どう調理しよう...」と考えている時に母がつぶやいた「こんなにたくさん採るのは大変な事だよ。」の一言に反応するように、イメージが頭に浮かびました。それは遠くに暮らす娘さんに食べさせたい一心で、朝早くから山に入り「こごみ」を採るおじいさん(勝手に想像してます。あしからず)の姿。四季の美しさを堪能できる日本に住み、旬の山菜を食せる喜びと共に、食べさせてくれる人達の「想い」も一緒にいただいているのだな、と改めて感じました。感謝、感謝です。
「食」という字は「人」を「良くする」と書きます。良いものを食べる行為でなければ「食事」とは呼ばないんですね。口から取り入れるもので人の体は作られているのだから。
想いが込められたこの「こごみ」は、春の香りに加えて特別に優しい味がしました。

ちなみに、この皿(煎餅皿)はStudio Clipに勧められてちょうど2年前、おととしのゴールデンウィークにとあるカフェを訪れた時に、そこで開催されていた個展で購入した作品です。実は地元の群馬にも、とても気に入っている女性の陶芸家がいらっしゃって...。 器のお話はまた後日...。(うの)

080423

2008.4.17 "sc journal" 掲載blog 06

マルチカバー
購入してから3年ちょっと使っているマルチカバー。我が家ではフロアカバーとして活躍しています。
木のフローリングのリビングには、ソファと軽く腰掛けられるようにとオットマンが置いてありますが、床に直接座る機会も意外と多いものです。特に子供が生まれてからは自然と床の上で過ごす時間が増えました。いくら生活のスタイルが変わっても、このあたりはやっぱり日本人だからしょうがない。今になって「畳の部屋も作っておけば良かった」と少しだけ後悔する日々。子供と遊ぶだけでなく、ちょっとゴロっとしたい時にも、畳って気持ちいい。またあの「い草」の香りがどこか懐かしくて…。
という事で畳の無い我が家では、キルティングのフロアカバーの上に座ったり、ゴロっとしたりしている次第です。たまに訪れる友人達も、マルチカバーが敷いてあると何の抵抗もなく床に座れるようです。シンプルな無地を選んだ理由は、床や壁、ソファの色などとのバランスを考えて。また、クッションなどのアイテムに色や柄のあるものを差すのが好きなため。
そうそう、ひとつだけ気を付けたいのは、あくまでキルティングなのでクッション性はそれほど高くないという事。子供用プレイマットのような柔かさが必要な場合は、それらを別に敷くなどしたほうが良いと思います。
四季を通して使えて、汚れが目立って来たら丸めて洗濯機で洗える…。我が家の「さりげなく、良い雑貨」マルチカバー。(うの)

080417

2008.4.9 "sc journal" 掲載blog 05

カジュアルにアートする楽しみ。
仕事柄ということもありますが、家の中に絵やプリントのフレームを飾るのが好きです。
よく欧米の映画を見ていると、マントルピースやライティングデクスの上に、それこそ何代も前からの家族のポートレートが飾ってあったり、階段の踊り場にある広い壁面にモノクロの写真や絵が時にランダムに、時に整然と並べられているのを目にします。そんなシーンに出くわすだけで漠然と「いいな~」と悦に入ってしまうほどなのです。
知り合いの作家さんからプレゼントされたり、まさに清水の舞台から飛び降りるつもり(あくまで庶民レベル...)で購入したいわゆる「作品」を飾ることはひとつの楽しみですが、よりカジュアルに、あまりお金をかけず、でも美しく、その背景にしっかりとストーリーが存在する「自分と家族にとってのアート」を飾ることが一番好きかもしれません。
例えば、価値観やテイストを共にする友人からいただくちょっとした「グラフィカルなプレゼント」。海外旅行のみやげ話しと一緒に「これ泊ったホテルに置いてあったフリーマガジン。なかなかかっこいいでしょ。」といただいた雑誌の表紙を切り取ってフレームに入れてみたり(左上)。「昔、結構空けたんだよね...」と言いながら見せてもらった、恐らく自分では口にする事のないであろう、シャトー・ムートン・ロートシルトのエティケット(ラベル)の中から2枚ほど頂戴し、フレームに入れた一枚(右上)。季節の挨拶として温かなメッセージと共に送られて来た藤田嗣治のポストカード(左下)。そして、最初の結婚記念日に味わったワインのエティケット(右下)。
ポストカードでも、ただフレームに入れるだけでなくマウントをしたり、元が高級なワインのエティケットであれば少しだけデコラティブなフレームに入れてみたり、グラフィカルな雑誌の切抜きであればフレームのサイズをぴったりと合わせてカジュアル&スマートなイメージに....などなど。そしてそれらを居間に飾ったり、キッチンの壁に掛けたり、洗面台の脇に立てかけておいたりすることで、毎日の生活の中でふとした時に目にとまり、イメージをやりとりした時の情景が楽しい時間として思い出されるのです。
と、こんな趣味のために普段からフレーム類には敏感に反応してしまう自分。次は Studio Clipのフォトフレームでも試してみようと考えている次第です。(うの)

080409

2008.4.2 "sc journal" 掲載blog 04

bol
いわゆるカフェオレボウルの事をフランスでは「bol」(英:bowl)と呼ぶらしいです。
その丸みのある、手のひらにすっぽりと納まる形が見た目にも心地良く、我が家でもいつくか愛用しています。
日本では「カフェ・オレ」という名称が付くためにいかにも「カフェ・オレ」を飲むための器という印象がありますが、個人的には、実際にこの「bol」でカフェ・オレを飲む姿またはカフェ・オレを出される場面にほとんど出くわした事がありません。では、日本人の暮らしの中でどのような位置付けにあるのでしょうか...この愛らしい「bol」達。
余談ですが、食器棚を見ていて気付いたのですが、この「bol」、我が家で愛用している深川製磁の「小丼」に形の印象が結構似ています。シルエットだけでなく、時に手で持って口に運ぶといった、使用に関わる動作も似ています。そもそも日本人にとって、馴染みのある形状というか、存在感...。そんなところに、フランスからやって来た「bol」が日本人に受けられやすい理由があるのでしょうか。(bolに関して興味のある方は、山本ゆりこ著「Le Bol カフェオレボウル」RIKUYOSHA発行をご覧下さい。美しい写真とともにカフェオレボウルについてかなり詳しく書かれています。)
このbol達、我が家でも時と場合によって様々な使われ方をしています。例えば、家族(特に子供達)が集まる時は、輸入もののチョコレート(サッカーボールとか、スポーツカーとか、コインなどカラフルなフォイルで包んであるもの)をごっそりと買って来て入れておいたり、水をはって庭で摘んだ草花を挿してみたり、あまり見られたくないものを入れて本棚の上の方に飾るように置いてあったり...。食器という枠にとらわれず、暮らしのあらゆる場面で「雑貨らしさ」を振りまく「可能性と創造性を秘めたマルチなアイテム」なんですね。
小さい写真のbolは、Studio Clipのスタッフがパリの蚤の市で購入し、運搬の途中で残念にも壊れてしまったものを譲り受け、接着剤でピースを貼り合わせ、底に穴を明けて植木鉢として使っています。いくつかあるプランターや植木鉢の中でも一番のお気に入りです。(うの)

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