思うこと Feed

2011.12.02

やっと、色づきました。

庭のもみじがやっとそれらしく色づきました。
今年はこのまま枯れて葉が落ちてしまうかも... と思っていましたが、やはり自然はきちんと見せてくれます。

秋も終わりに近づいてやっと冷え込みのきつい日が増えて来たからでしょうか。

厳しい冷え込みの後、鮮やかに色付く紅葉みたいに... 自分も色づきたい。
お願いします。色づかせて、プリーズ。

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2011.11.24

歩道の敷石

前橋市内の歩道の敷石。
イスラム文様にも似たパターンと、時を経て角が取れ彩度を落とした風合いの良さに思わずシャッターを切る。
県庁所在地としての、かつての賑わいの面影もなくなった市中心街の、すこし寂しい雰囲気のせいもあって、下を向いて歩いていたからこそ目についた風景。
でも、開発から取り残されたからこそさりげなく残る、質が高かった時の都市デザインの痕跡か。
この敷石からは、いまどきのインターロッキングなどとは比べものにならいほどの温かみ、閉じられたシャッターの奥ある「街の人々の暮らし」を強くを感じることが出来る。

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2011.11.20

50%はおもいやり...。

先日、車の中でかかっていたラジオで、あるコメンテーターがこんな事を言っていた..。

“日本の社会において、毎日自動車を利用するために交通に関するいろいろな規則があるが、安全や快適性に規則が関与している割合は50%に過ぎない。残りの50%は道路を利用している他者に対するおもいやりだ...。”

最近、自転車に関するニュースを良く耳にする。その多くは、自転車に乗る人が増えた事、事故が増えた事、そしてマナーの悪い人が多いという事。
自然と、道路における自転車のあり方が取りざたされ、「車と同じ扱いにしろ」とか「車道を走れ」とかいう話しになって来ている。
私はたまたまヨーロッパの都市で自転車通学をしていた時期がある。確かにあちらでは、自転車は車と同じ扱いにされ、一方通行違反や歩道を走ればパトカーに止められ注意を受ける。しかし、だからと言って事故もあるし、マナーが悪い利用車もたくさん居る。そしてもちろん、自転車愛好者はその何十倍も存在している。
要は、道路を利用する歩行者、自転車、車... の共存のあり方なのだと思う。はっきり言って、ヨーロッパのそれは、時間をかけて今の形があり、関係性が確立し成熟している感がある。かと言って、今だ様々な問題を抱えている。

娘を自転車のチャイルドシートに乗せて、一応車道の左側を走っていると、前方から車道の右側を横二列、時に三列で走って来る高校生の集団。こちらは当然、自転車を左に寄せてその集団が通り過ぎるのを待つ訳である。近くの交差点で旗を持って立っているその高校の教師が「おいおまえら、左側を一列でちゃんと走れ!」なんて注意をしているところは一度も見た事がない。
車にしたって、走っている自転車の存在を確認する事もなく左折してくる車がどれだけ多い事か。
犬を散歩している歩行者、その長ーいリードに道を塞がれていたり、突然犬に吠えかかられて思わず急ブレーキをかける事もある。
歩道はダメ、車道の出来るだけ左側、白線の内側を走れと言われても、歩道と白線の間が20センチくらいしか無い幹線道路の場合はどうしたら良いのか...。
悲しいかな、これが今の日本の現実なのだ。

自転車ユーザーにああしろ、こうしろ、と言うと同時に、歩行者やドライバーにも状況の変化を認識してもらい、受け入れる気持ちを持ってもらわないといけないと思う。
時間をかけて「関係性=規則」をつくって行かないと...。それまでは「おもいやり」中心で共存していきましょう。

写真は庭のジューンベリーの葉が色づいているところ。

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2011.10.01

他力本願

あえて自分の無知をさらけると... 今まで「他力本願」=他人の褌で相撲を取る。他の人の力でもって自分の願いを叶えるというような、まったくの直訳的な意味だと思っていた。
でも違っていたんですね。本当は仏教用語で、阿弥陀仏が衆生を救済するはたらき...だとか。
先日、ポッドキャストで寺島実郎さんの話しを聞いていた時に「他力本願」の本当の解釈を分かりやすく説明されていたので、流用させていただきます。

“親鸞というと、よく、「他力本願」の思想と言われています。他力本願は人にお任せで、自分はお任せしたきりで何もしない人の事だと言われがちですが、全く違っていて、他力によって、自分の力の限界を思い知って、「結局、御釈迦様の手のひらの中で自分たちは生きているに過ぎないのだ」と思う人の心の中に思い芽生えてくるのは、自分自身で立ちあがろうという気持ちなのです。自力ですべてを生ききっているのだと自信満々に見えるような人でも、本当に力をつけてきた人は、結局、自分が何かによって生かされていることに気づいてくるのです。”

写真は、お世話になっているコピーライターの方から取材旅行時の土産としていただいた、ヒンズー教の神様「ガネーシャ」。
商業と学問の神様... あやかりたし。

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2011.09.30

広告、その数字ってどうよ...。

今朝、何気なく引っかかった、ある有名国産自動車メーカーのディーラーが地方紙の全面に出した広告。
ミニバンのフラッグシップモデル、しかもニューモデルが発売された、とある。
ド迫力のある写真と、控えめに書かれた支払い総額にしたら500万円に近い車両本体価格、その下に目を引く赤地に黄色のPOP書体で「○○ ○○○ Plan 月々13,500円」の文字。

「おい、かあさん。この THE 高級ミニバン が 月々13,500円で乗れるらしいぞ。うちのセダンもがたが来てるし、そろそろ買い替えようか。」
「そうですね、暮れには息子家族が帰ってくるし、月々13,500円だったら、おとうさんがタバコやめてくれれば、その分のお金で楽に払えますね。この THE 高級ミニバンだったら、みんなで一緒に温泉とかも行けそうですね。」
「おい、フェアもやってるらしいぞ、さっそく、この週末に行ってみようか。」

とそこで奥さん、月々13,500円の文字の横に並んだ極小文字を読み始める...
●頭金:1,350,000円
●ボーナス月の支払い:156,500 x 6回 939,000円
●最終月お支払い額:2,184,000円
頭金、ボーナス月支払い、最終月の支払いの合計が4,473,000円
ということは... 月々13,500円っていうのは、総支払額から4,473,000を引いた、40万円弱を29回払いにした時の金額...。

奥さん:「もう10万キロも乗ってる今のセダンを下取ってもらっても頭金の10分の1にもならないし、ボーナスも毎回必ず出るとは限らないし、毎月13,500円払っていって、最後の月に2,184,000円って...。あー、その時はローンを組みなおせばいいのね、5年くらいで組めばなんとかなるかしら...、もしくは、3年乗ったTHE ミニバンを買い取ってもらって... という事は、あんまり距離乗らないほうがいいわね、それに、私が運転して傷でもつけたら大変だし。室内汚されるから孫と一緒にお出かけなんて絶対無理ね...。」

“月々13,500円で乗れます。”って、消費者なんてこういう数字に引っかかるに決まってると思っているとしたら、まったくもってバカにした話しである。(違う形で引っかかってしまったが。)
消費者はもっともっと賢く、本質を見るようになっていると思うし、個人的には、こういった意味の無い数字を目立つように並べた広告を見ると... 本当、トホホなのである。
ディーラーだけでなく、この有名国産車メーカーにしても、ちょっと品がないなーと思ってしまう私は少数派なのだろうか。


110930

2011.09.28

海外ドラマ

CSでいわゆる海外ドラマをよく見る。
主にアメリカのドラマで、ときどきイギリスのドラマ。
犯罪サスペンス、スパイアクション、法廷ドラマ、医療ドラマ...、それぞれに好きなドラマがあって、新しいシーズンがCSで始まると、できるだけ録画して見るようにしている。
かと言って、決まった時間に観られる訳でもなく、録画することを忘れてしまったりもするので、1話完結モノもしくは、連続モノでも、1話ずつストーリーが分かれているほうが観やすくて良い。

それにしても、何であんなに面白いんだろう。
ストーリー、脚本、キャスティング、映像、音楽... いずれにおいても深くて広い。そして華やか。
おかげで、日本の民放の番組はほとんど、日曜日の「サザエさん」から「鉄腕ダッシュ」くらいしか観なくなった。

今日の画像は、医療系ドラマで一番好きな「Dr. House」。
イギリスの役者(コメディアン)ヒュー・ローリー演じる、救いようもないほど理屈っぽく、性格の曲った天才医師ハウスの魅力にどっぷりとはまってしまった。
80年代に、ミスタービーンで有名なローワン・アトキンソンが主演していたシチュエーションコメディ「ブラックアダー」で観たヒュー・ローリーしか覚えていなかったので、いい意味でアメリカナイズされて、渋く、おしゃれになった姿にビックリとした。
ちなみに、Wikipedia情報によると、Dr. Houseでの彼のギャラは、1エピソードあたり40万ドル。ドル安の今でも日本円に換算すると3,000万円ちょっと。でも、彼の演技を観ると、その額にも思わずなっとくしてしまう。何しろドラマを制作しているFOXは、何としても彼を手放したくないらしい。

観られる時は、寝る前の海外ドラマで現実から目をそらし、ベッドに入ってからの読書で現実を忘れ、電気を消し、暗い中眠りに落ちるまでi-podで聞くお気に入り芸人のシャープなトークで頭を空っぽにする。 これが今のだいたいの流れ。
でも、海外ドラマや海外の音楽番組の中には、舞台となっている都市やファッションなど、インスピレーションを刺激してくれるヴィジュアルと出逢う事も多いのだ。

今夜は何か観られるだろうか... たしか「LAW & ORDER」を録画してあるはず。

110928

2011.09.16

Money Matters... I know.

前々からうすうすと感じていて、最近はっきりと思うことがある。
お金の話しが苦手である。
独立して13年も経つのに、それではまずい事は自分でも重々承知している。

苦手だから下手でもある。
見積書を書くのに一苦労、見積額をクライアントに説明するのにまた一苦労。
請求書を書くのにも時間がかかる。
13年間、それを端から見ていた妻としては、さぞかしもどかしく、また不安だった事だろう。

よしっ。今日から生まれ変わって、お金のはなしが得意な自営業者になろう!。
って訳にいかないのが「お金のはなし」。
でも、努力はしてみようと思う、今日この頃なのであります。

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2011.09.13

入射角とテストステロン

やっぱり今日も暑い。
昨日の記事にも書いたが、真夏よりも暑さが応える。 と、ある事に気が付いた。
なぜ秋めいてからの暑さの方が「厳しい」と感じるのか。
多分それは、太陽光が我が家に当たる角度にあるのだと思う。
仕事場とリビング共に南側が大きくガラス窓になっている我が家の場合、真夏の太陽はほぼ真上から当たるので、軒にさえぎられて窓の部分や室内に直接陽が当たる事はない。しかし、この時期になると太陽光の入射角度が低くなり、太陽光が直接部屋の中にまで入って来ている。そのせいだ。そうに決まっている。
冬になれば、室内まで入って来る太陽の光の恩恵をたっぷりと受けることが出来るが、今の、この微妙な季節の変わり目は、そうでなくても自律神経が旅に出る季節と重なってちょっときつい。

新聞記事に面白い記事が出ていた。「男性ホルモン、イクメンほど減少」。
要は、子供を持って父親になると、主要な男性ホルモンである「テストステロン」が減少する。という記事だ。
育児に積極的に参加する、いわゆるイクメンになればなるほどテストステロンが少なくなるらしい。
と言うことは、独身時代はテストステロン分泌しまくり、男っ気ムンムンでパートナーを探し、家庭と子供を持つといきなり「男」の部分を司るホルモンはそれほど必要ではなくなる...。
その裏には、現代の人間社会において、自分の子供を外の脅威から守るという行為が必要ではなくなり、より母親的な存在として、ケアする役割が必要とされているのだろうか。
しかしその反面、女性は子供を持つと強くなると言われる。何がなんでも子供は守る「母は強し」というやつだ。
主婦でありながら、若さや美しさを保っている女性は、得てして「家庭的ではない人」「主婦っぽくない」と言われるし...。
脳の世界、ホルモンの世界は奥が深い。

巷では、積極的に育児に参加し、育休まで取っている男性をポジティブなありかたと受け入れる風潮にあるが、もし、育児に積極的に参加する事で、彼らのテストステロンが減少しているのであれば、「男の草食化」は若者というよりも、30代から40代の育児パパ世代がもっとも顕著なのではないだろうか。
本来、社会の中心として良い意味で、ガツガツと動き始める年齢の男性、出来る事なら「テストステロンの点滴がしたい」と思うようなポジションに居る人たちが、生物的にあまりにも穏やかに、優しくなってしまうのは、日本にとって、経済や外交にとって好ましい傾向なのだろうか。
と言っている自分も、仕事柄子供と一緒に過ごす時間も多く、あまり男性的でガツガツ行くタイプでは無いと自覚しているのである。そして当然、そんな我が家の経済状況もあまり好ましいとは言えない。

写真は、昨日の出張の際に上越新幹線の窓からみた富士山。大宮の手前あたりだったろうか。


110913

2011.09.10

境目の日

ある日を境に、物事や生活のありようがまったく変わってしまう事がある。
職を失ってしまったり、大切な人を亡くしてしまったり... どちらかというと、急に起こる悲しい出来事のほうが、例えば、宝くじが当たったり、実は高貴な方のご落胤だった、なんていう出来事よりもリアリティがあり、身近に感じる。
おそらく、日々の暮らしにおいて、「楽しい・幸せ」な事よりも「悲しい・辛い」出来事の方が多いのかもしれない。

実は結構辛いのに、楽しそうにしか見えない。
本当はかなり厳しいはずなのに、華がある。
そんな風になれたらいいな、と常々思っている。

この写真は前にも紹介した事がある。自分の中でかなり強い印象として残っているのだと思う。
ごく普通の日常の風景。この自転車に乗っている人は、右のフェンダーがへこんだゴルフに乗っている人は... この翌日に、世界のありようが変わってしまう出来事が起こることなんて想像もしていない。あれから10年が経とうとしている。

110910

2011.09.09

残念な結末に。

あっけなくやって来た愛車との別れ。
走行距離は11万キロを越え、でも春に車検を通したばかりで、あと2年は乗りたいと思っていた愛車のハンドルが急に重くなったのが先週の事。
ずーっとお世話になっているクルマ屋さんも、「なんとか中古のパーツを見つけてみます。」と言ってくれたのだが...。
すでに日本から撤退してしまったメーカーで、それでも右ハンドル用のパーツなら中古があるが、左ハンドル用は新品だとしても国内には無く、本国から取り寄せになり数ヶ月はかかるとの事。その上コストは20万円オーバー。
あまりのショックに妻も私もすぐに判断が出来ず、思わずクルマ屋さんに「あなたならどうしますか?」。
結局廃車処理せざるを得ない、という事になりました。
特に妻が気に入っていた愛車。サイズ的にも大きすぎず、きびきびと走り、11年前のクルマとは思えないほどの質感、ワゴンだから荷物も積めるし... でも、しょうがない。 機械だからいつかは壊れる時が来る。前向きに捉えれば、良く乗りつぶしたとも言えるだろう。

ここは群馬、自家用車が無ければ何かと不便な場所。
すぐにでも代わりのクルマが必要な状態。次の「愛車」探しをすぐさま依頼し... とは言っても、予算が厳し過ぎてそう簡単には見つかるまい。でも、そこは心から信頼のおけるクルマ屋さん。「出来るだけ早く見つけますんで、それまでは代車使ってもらっててOKです。」と、とても助かる一言。

過去に別れたクルマ達とは、それぞれに思い出があり、別れはやっぱり少し悲しい。
早く見つけてくれないと、この代車君(写真)とだっていろいろと思い出が出来てしまうかもしれない。

110909