Lucian Freud
自転車に乗りながらポッドキャストのニュースを聞いていたら、作風が好きだったイギリスの画家 Lucian Freud(ルシアン・フロイド)が、この7月20日、88歳で亡くなったと伝えていました。
日本ではあまりその名を聞くことの無かった画家でしたが、独特のタッチで身近な人々を描き続け、2005年にはケイト・モスのヌード肖像画がかなりの高額で落札されて話題になっていたそうです。
久しぶりに耳にした名前に一瞬ペダルをこぐ足が止まりましたが、悲しい訃報でした。
自転車に乗りながらポッドキャストのニュースを聞いていたら、作風が好きだったイギリスの画家 Lucian Freud(ルシアン・フロイド)が、この7月20日、88歳で亡くなったと伝えていました。
日本ではあまりその名を聞くことの無かった画家でしたが、独特のタッチで身近な人々を描き続け、2005年にはケイト・モスのヌード肖像画がかなりの高額で落札されて話題になっていたそうです。
久しぶりに耳にした名前に一瞬ペダルをこぐ足が止まりましたが、悲しい訃報でした。
少し前にテレビ番組で紹介されていた、牛乳パックから作るオリジナルカードを作ってみました。
牛乳パックをしばらく水に浸けてビニールコーティングを剥がし、柔らかくなった紙を手で千切り、ミキサーで水とでんぷん糊と一緒に撹拌する。出来上がったドロドロの液体を、ポストカードサイズに切り抜きフレームにした食品トレー2枚の間に生ゴミ用袋をはさんだものの上で成型し(この段階でデコレーション)、キッチンペーパーで水分を取り除き、さらにアイロンで押しながら乾燥させる。
作るのも楽しかったし、出来上がったものにもそこそこ満足して... 。
でも、たった2枚のカードを作るのにも結構な水を使い、電気を使い...、リサイクルするにもエネルギーや資源をたくさん使う事に改めて気付きました。
確かに印刷用紙でも、いわゆる再生紙のほうがコストが高く、良いとは分かっていてもシビアな予算組みの中ではなかなか使用出来ないのが実情です。古紙を再生させるコストだけでなく、古紙を回収し選別したりと、再生の前段階にかかるコストも相当なものでしょうし。
何年も前になりますが、ある食品メーカーのお弁当パッケージデザインの企画をした時も同じ壁にぶつかった事を思い出しました。
考え始めるときりもなく虚しさを覚える、かなり難しい問題です。
ブログの更新が滞っていた理由は、自分の中で、今回の大震災について、自分の気持ちをどうやっても言葉にする事が出来なかったためです。
しかし、今日になってやっと、言葉にしたい知らせがありました。
東京に住む大切な知人の実家が岩手県の宮古市にあり、そこには年老いたお父様が住んでいる事を以前から聞いていました。
震災直後の情報や映像に触れるにつれ、宮古の人々が直面したであろう状況を想像すると、実家のお父様の事をすぐに訪ねる事もできませんでした。それでも、気になり連絡するとやはり、「全然連絡が取れていない。でも、60年前の津波を経験しているから、少し高い所に家も建てたし、避難してくれているはず」との事。
そして今日、その後の状況を聞くために電話をしたところ、「無事で居る事が確認できました。」との知らせ。
うれしくて少し涙が出ました。本当に良かった。
継続的に不安を感じていると本当に疲れます。
そんな時、「不安な時は連絡していいよ。」と言ってもらえるだけで心が救われます。
出来るだけ普段通りに過ごし、物事に対して冷静に対応していく。
被災している方々のために自分に出来る事... 今は、この気持ちを義援金のかたちで届ける事だと思います。

早めの夕食が済んで、打ち合わせに出かけようとしていた7時頃、
ドアベルの音にインターホンのスクリーンを見ると、普段からお世話になっている方が立っている。
玄関へ急ぎドアを開けると、
”今、東京からの帰りで、芋きん買って来たから温かいうちに食べて”と、まだ温もりの残る包みを渡し、こちらがきちんとお礼をいう間も無く ”じゃあ” と車で去っていく。
粋なお土産に意表つかれて、「やられた。」てな感じです。はい。
四十代も半ばになって思うことは、先はまだまだ長いってこと。
もちろん早速いただきました、芋きん。温かいうちに。旨い! 多謝。

「はじめてのおつかい」に出てくる子供達。
娘とほぼ同い年の子供達が、葛藤しながらも、しっかりと課題をこなし、観ている大人達を泣かせる様はとても微笑ましい。
「ひらがなが読める○○ちゃんは...」といったナレーションに、「うちの子はまだ読めないぞ!」と、少し焦る親である自分。
でも最近は、寝る前に読み聞かせていた「十二支のはじまり」という絵本をほぼ暗記して、逆に読み聞かせしてくれるようになった。とは言っても文字を追っているのではなく、絵をじーっと見ながら話してくれる。
いつの間に覚えたのか... 大人の自分には無理、というか、歌を聞き覚えるように物語を覚えているのだろうが、語り口にたっぷりと感情を込めながら、ページをめくるタイミングもほぼピッタリなのである。 恐るべし、子供の脳細胞。
このクリスマスに妻の母親が「子供用の包丁」をプレゼントしてくれた。毎回、嬉々として竹輪やチーズ、ハムや白菜を切ってくれている。
女の子、男の子に関わらず「料理」を手伝うのは良いと思う。
例えば、自分の切った野菜が入ったお味噌汁やおかずは喜んで食べる。
食材のかたちや手触りも覚えるだろう。
子供用の包丁だって、扱い方を間違えれば痛い思いをする。
自分たちの体を作っている食べ物に関するさまざまなコトが「感覚」として脳に刷り込まれていく。

いつものように兄弟とその家族が母の元に集まり、賑やかに穏やかに迎えた新しい年。
明日1月5日が仕事始めとなる今日、昨年お世話になったお札や達磨、お守りを持って近くの神社にお参りに行く。
良い気に満ちた境内で、「お願い」するのではなく、「決意」を聞いていただく。
家に帰り、途中のスーパーで買ったとうがらしを庭で干す。
一個一個網の上に並べながら... こんな風にひとつひとつ、良い仕事をこなして行きたいと思う。
神社の旗の赤、とうがらしの赤、
血沸き肉踊る...
赤は自分の一番好きな色。 2011年の始まりを象徴する色。

